恐れるなかれ

田舎へ移住した野球好きな男の体験記や好きなものを紹介する雑記ブログ

精巣ガンのため片方の金玉を取りました

精巣腫瘍!?ガ、ガン!?

 移住&転職したその月にガンが発覚。私や家族は一体どうなるんだ…。自身の備忘録と何かしらの役に立てばと思い書くことにしました。多少記憶が曖昧なためその点はご了承ください。

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精巣腫瘍って?

 簡単に言うときんたまのガンです。きんたまが大きく腫れ痛みがまったくないためなかなか気づかない厄介な病気です。"発生率は100万人中10-15人"と非常に稀な疾患で、20~30代がピークの若年者に多い腫瘍で進行が早いことが特徴とのことです。年末ジャンボ宝くじの1等組違い賞の当選確率と同じなので、まぁまぁすごいものを引いてしまいました。

精巣腫瘍 - Wikipedia

 

4月25日 ~違和感~

あれ??片方のきんたまが、、でかい??

 シャワーを浴びて体を拭いていると、左のきんたまが右に比べて大きいことに気づきました。普段はきんたまなんてサッと拭く程度でしたが、この日は何故か入念に拭いていたためその異変に気付きました。左だけが卵くらいに大きく腫れており、固さはテニスボールくらいで明らかに右と大きさや固さが違います。


 普通ではないと思ったため、すぐに妻にも見せにいきました。

パパのきんたまをしっかり触ったことがないからなんとも言えないけど、なんとなく大きい気がする~ウフフッ♪

 なんだか嬉しそうな妻を見て少し元気がでました。明日病院へ行こう。

 

4月26日 ~最寄の泌尿器科へ~

 休診日かい!

 

4月27日 ~再び最寄の泌尿器科へ~

んー、腫瘍ですね。ここではこれ以上分からないので紹介状書きますね。

(腫瘍?腫瘍ってなんだっけ…)

 腫瘍なんて言葉は今まで生きてきた中で言われたことがないため、この時はまったくピンときませんでした…。これからゴールデンウィークに入るからと5月8日に診察予約を入れこの日は終了しました。

 

5月8日 ~宣告~

 紹介したもらった総合病院での診察日。

ガンですね。

 この日までにネットで調べていたので、ガンだろうなと思ってはいましたが、いざ言われると割とショックなもんです。手術日は10日後の5月18日に決定。かなり期間が空くことに少し不安になりました。
(ネットで調べていると即入院即手術などの記事をたくさん見ていたので、私の場合最初の発見から手術まで20日以上も期間が空き、この間に悪化したらどうしようとか色々と考えてしまいました)
 

5月17日 ~手術前入院~

 左きんたまは相変わらずL玉たまごサイズの大きさを保っているが痛みや違和感はまったくない。すこぶる元気な状態で病院の門をくぐる。さぁ、明日手術だ。

 

5月18日 ~手術当日/下半身麻酔の怖さ~

 手術時間は14時。そこに標準を合わせて諸々の準備をしていた矢先…

1時間早まって13時からになりました。

まじ??

 急な出来事にめちゃくちゃ動揺し始めます。先発投手の危険球で急遽登板が回ってきた中継ぎもこんな心境なのだろうか。相変わらずイレギュラーに弱い私。さぁ、13時だ。妻と実母に見送られながらストレッチャーで移動するも、視力が激悪のため二人の顔がまったく見えずなんか切ない…。そして緊張もしてきた…。怖さも出てきた。だけど見栄っ張りの性格でそれを悟られたくない。手術室入室前に看護師さんに、

今日は何の手術をしますか?

左のきんたまを取ります!

と少し声を張り緊張を隠した返事が今振り返るととてもださい。

 

 手術台に乗った私は看護師さんにバリカンで毛を剃られ、そして萎縮と緊張でいつも以上に縮こまった包茎ちんぽがみるみると丸出しになってることに気づきます。

(銭湯の時みたいに、ちんぽむいとけば良かった…)

『こんなことを考えるってことはまだ余裕があるのかな』なんて手術台の上で思ってました。

 

 私の場合は下半身麻酔のため腰に注射をし手術が始まりました。メスの入刀です。玉袋を直接切ってきんたまを取り出すのではなく竿の付け根近くを切開しきんたまとそれに付随する諸々を全て除去していきます。下半身でカチャカチャと音が聞こえ、皮膚を切っている感触があります。

(あれ?少し痛いんだけど…いや気のせい?)

 やっぱり針に刺されるようなチクッとかすかな痛みが走ります。

あ、あの麻酔の効きが悪い気がします。

 局部麻酔を追加し痛みはなくなり安心しましたが、下半身麻酔のため頭はいつも通りでばっちり意識があるんです。下半身でギコギコと何かを切ってる音と振動がしている。仕切りのカーテンで何をしているかは見えないが何かを切ってる。まぁ、きんたまを取り出しているのだろう。これは本当に怖い。
 元々なのか、自分が不安な顔をしているのが気になったのかは分かりませんが、途中で睡眠薬も投入されたようで目が覚めると病室に戻っていました。

 

5月18日 ~手術終了2時間後/絶望~

 病室に戻り麻酔が切れてくると下半身に強烈な痺れを感じてきました。足が少しも動かせない程の痺れで、自分の意志がまったく通じません。自分の足ではないみたいでパニック寸前です。生きている中で1番というくらい怖い。
ちょうどドクターが病室に様子見に来てくれ今の状況を伝えると、

19時くらいには痺れはなくなるよ。

と言われ時間を確認すると

(まだ16時やん…耐えられないかも…。)

絶望の時間が始まりました。妻にお願いをして足をさすってもらうも効果なし。痛み止めと睡眠薬をもらいなんとか眠りにつきました。

 

5月18日 ~手術終了4時間後/最大の恐怖~

寝てから1時間弱の17時。足の痺れで目を覚まします。足が言うことを聞かない。

18時。両手で片方の足を無理やり持ち上げたらかすかですが足が持ち上がりました。歓喜!安心感を得たいがために何度も足を持ち上げ動くことを確認していまいした。

19時。ついに自力で左足が動きました。5cm程度しか動いていませんが、前進した瞬間です。

20時。そして両足が少しづつですが動き始めました。あとは時間の経過とともに足の痺れが取れはじめ恐怖の時間も終了し、安心からかそのまま就寝しました。
 

5月19日 ~手術後2日目/妻の天然な性格に勇気をもらう~ 

妻がお見舞いに来てくれました。しかし病室に入るなり、

昨日の手術後に金玉を見せてもらったよー!なんかすごかったー♪。

・・・・・・・・・・。

 

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妻が帰った後、なんとなくセルフタイマーで撮影

 

5月20日 ~手術後3日目/見事な朝勃ち~

 見事なまでの朝勃ち。こんな時まで勃つんかい!と正直情けなくなった。病室では基本的にやることがなく唯一やることと言えば玉袋に血を抜く用の穴が開いおり、そこのガーゼの貼り替え作業くらい。これも3日目になると上手くなってきました。はがす時にたま毛が巻き込まれるのが痛い。

 

5月21日 ~手術後4日目/病室でじっとしているだけ~

 今日もせっせと玉袋のガーゼ貼り替え。傷跡が痛いです。

 

5月22日 ~手術後5日目/退院~

 退院。

 

5月24日 ~手術後7日目/仕事へ復帰~

 今思うともう少し仕事を休んでも良さそうな気もしますが、転職し間もないこともありこれ以上迷惑は掛けれないと思い手術後7日目に仕事へ復帰。事情を知っている人は数人のはずが、ほとんどの人が知っていた。なんかみんなにきんたまを見られている気分がしました。

 

5月27日 ~手術後10日目/術後初めての自家発電~

買い物に行ってくるね♪

 いつやろうか考えていた自家発電のチャンスがやってきました。片金になってどんな感じなのかや痛みが再発するのでは?などの気持ちが交差しましたが、こんなチャンスもなさそうなので実行しました。右のきんたまが相当頑張ってくれて、量も感度も2つあった時と同じですげーーー!と思った。しばらくすると妻はケーキを買って帰ってきました。今日は私の誕生日でした。

 

5月30日 ~PET検査~

 PET検査とは薬剤を注入し体全身の撮影を行い、ガンの転移がないかを調べる検査です。CTでは影みたいなものも見えるからリンパへの転移の可能性もがあるかもと言われていたが…。転移がないことを祈るばかりです。

 

6月1日 ~PET検査の結果は~

 PET検査の結果を聞きに病院へ。結論から言うと転移は見られず"ステージ1"とのことです。CTを撮ったときはリンパが腫れているように見えるから"ステージ2"の可能性もあると言われてたからとても安心しました。今後は経過観察か抗がん剤治療かを選ぶことになります。経過観察は再発率が15~20%。抗がん剤治療は5%以下。セカンドオピニオンでも良いし家族と話して方針を決めて次の来院時に話しましょうと言われこの日は終了。

 

6月6日 ~抗がん剤治療を選択~

 今後の方針を伝えるために病院へ。副作用も気になりましたが、しっかり治療するべきだとの結論から抗がん剤治療を選択。

 

6月9日 ~保険の書類を出す~

 通院中と並行してちょこちょこと必要書類を集めており、この日にガン保険の書類を揃え保険会社へ提出しました。元勤務していた会社に保険会社のおばちゃんが出入りしており、いづれはどこかに入る予定だったし、おばちゃんも親身になって勧誘してくれていたから契約した保険。まさかこんなに早くお世話になる日が来るとは思っていませんでした。

 

6月13日 ~抗がん剤投与1日目/あれ?思ってたより楽?~

 仕事の休みを頂き抗がん剤治療のため入院。昼過ぎから投与開始とのことでそれまでは病院内を徘徊したり、病室でTVを見たり時間を潰します。投与の時間がやってきました。吐き気止めは内服と点滴で約40分位、なんとかプラチンという抗がん剤を点滴にて約60分掛けて投与していきます。次に食塩整理水投与。時間にして合計2時間位だったでしょうか。これにて終了。思ったより早いというのが感想です。で気になるのが副作用。すぐ来るの?怖い。いつ来るんや。来るならはよ来い。来い。来い。すぐ来んのかい!その日はTV見て普通に就寝。

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点滴でポタポタと投与していきます(左) 吐き気止めのイメンドカプセル(右)

 

6月14日 ~抗がん剤投与後2日目/気分悪し~

 朝は6時に起床。昨日からベッドで横になりすぎたのか、ツムツムをしすぎたのか、天気の気圧のせいなのか、理由は分からないが体調悪し。あ、これが副作用ってことか。いやーきつい。回診の結果問題ないとのことで予定通りに退院し帰宅しました。体調不良度は80(100が一番きつい)。

6月15日 ~抗がん剤投与後3日目/匂いに敏感になる~

 起床から体調が悪く乗り物酔いが続いてる感じです。投与した薬が少なくてこれだから、多い人はもっと大変なんだろう。起きて、横になっての繰り返し。夕飯時になり炊飯ジャーから漂う米の炊き立ての匂いと、煮物の匂いがきつい。その横で見舞いに来てくれた義父が黒霧島のお湯割りを飲んでる。それが一番きついw。朝昼晩の食事はフルーツとゆで卵と素麺のみ。素麺もなぜか揖保乃糸しか体が受付けない。脂っこいものや味の濃い物は受付ない。今はこれしか食べれないの。娘より早い20時前就寝。体調不良度はMAX100。

 

6月16日 ~抗がん剤投与後4日目/息子誕生!立ち会うでしょ!~

 今日も朝から体調不良度MAX100だが、ついにこの日が来てしまいました。実は妻はこの時妊娠しており予定日が今日なのです。夕方頃ついに"おしるし"がきました。お腹が出ている妻に車を運転させるわけにもいかず、私の運転で病院へ(しかも私がきんたまを取った同じ病院。夫婦ともどもお世話になります)。診てもらった結果まだみたいで一度帰宅。私も吐き気はあるが、それ以上に妻がきつそうだ。
しかし吐き気が限界のため21時に就寝。23時過ぎ。足を揺らして起こそうとする誰か。妻だ。

ねぇ。起きて。破水したみたい。

(ムクッ)あっ、そう。

破水!?

 気分の悪さは全開だがすぐに支度し私の運転で病院へ。夜間口から入る途中で破水。慌てる二人とはうらはらに超ゆっくりな受付女性。その遠くから亀の方が速いんじゃないかと思うほどのスピードでゆっくりと歩いてくる看護師らしき人。そのまま妻は病室に入り、私も立ち会うため病室へ。しかし吐き気がやばい。ずっと病室で"あしたのジョー"みたいにうつむいた姿勢でいる私。はっきり言って立ち会いになってません。そして邪魔です。看護師さんに事情を話しとなりの部屋で死んでる私。俺は何のために来たんだ。これじゃいかん!と嫁の部屋に行くも、再びあしたのジョー状態へ。朝に無事に生まれてきました。

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6月17日 ~抗がん剤投与後5日目/息子のパワー~

 体調不良度は90と気分の悪い日が続きます。夕方前に娘と実母を連れて妻のいる病院へ。愚息を抱きながらこの時ばかりは気分が少し良くなった気がします。

 

6月18日 ~保険会社より給付金の振り込み~

 保険会社へ申請後10日間程度で振り込みがありました。金額は300万円です。1年間の生活費に十分当てれます。転職して給与も減っていたため、加入してて良かったと心から思いました。まだ入っていない方は本当にお早めに検討しておくことをオススメ致します。

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振り込まれた時に保険のありがたみを実感。今思い出したのですが6/14にも約22万円振り込まれてますね。

 

6月19日 ~抗がん剤投与後7日目/体調回復傾向~

 体調不良度60。期間が経ってきたからか、昨日の300万円でテンションが上がったのかは分からないが、とにもかくにも体調は回復傾向。あれだけ油っぽいものを受付なかったのに何故か今日は豚カツな気分。近くのスーパーの豚カツでしたが美味かった。この日を境に少し吐き気がおさまってきたように思います。

 

7月11日 〜2回目の抗がん剤治療〜

 6月に行った1回目の抗がん剤投与から約1ヶ月後に2回目の抗がん剤治療のため病院へ。1回目の時は入院でしたが2回目の今日は外来です。さっそく病室で吐き気止めといつもの薬が投与されます。投与中はやることがないのでヤンキース対レッドソックスを見ながら、初めて申告フォアボールを見れたりして、へーなんて思ってた矢先に、吐き気がやってきました。やっぱりやってくるんですね。

投与後の診察の結果帰宅しても問題ないということで車を運転して帰宅。夜飯は牛ガーリック炒飯を自ら作り、いざ食べようとするもやっぱりダメでした。

 

7月14日 ~抗がん剤投与後4日目/息子のお宮参り~

 息子のお宮参りで神社や昼食までは順調に進んでいましたが、最後の写真館での写真撮影の前に吐き気がピークに達し私だけ先に帰宅。息子の節目の写真に父親が写っていないというなんだか分からない家族写真が完成(今考えると写真だけ日を改めろって感じですよね)

 

7月20日 ~仕事へ本格的に復帰~ 

 2回目の抗がん剤治療1週間後から仕事へ復帰しました。この頃には吐き気も治まり普通に働けるようになりました。

 

抗がん剤の影響

 抗がん剤の副作用で無精子病になる可能性もあるとのことから、精子を保存するのかを確認されました。2人目が生まれたばかりでしたし、妻の年齢的にも今回が最後と決めていたので、保存の選択はしませんでした。 

 

お金について

 入院に掛かる全て(PET検査なども全て)の自費P合計はざっと15万円程度でした(ちょっと曖昧です)。もちろん保険適用や高額医療制度を利用してです。個人的にはこの金額で命が助かったと考えると感謝しかないですし、保険に救われることがあるんや、保険に入ってて良かったと実感しました。あとこの時期が新生活に関わる費用、引っ越し代、転職して収入ダウン、息子誕生など出費が重なった時期でもあり、左たまきんが身を投げうって家計を救ってくれたと思うようになりました。生まれてからこれまで一緒に生きてきた左たまきんとの別れは結構寂しいものでした。改めてありがとう!

 

ガンをどの範囲まで伝えたか 

 私の性格上、人に心配されたり人の時間を奪い迷惑を掛けるというのが嫌な性格ですので、家族や仕事先の伝えるべき人には伝えましたが、友人は1人だけにしか伝えませんでした。その話題になれば笑い話にはなるのでしょうが心配もされそうですので、もう少し様子を見て報告しようと思います。

 

終わってみての振り返り

 まずガンなんて他人事だと思ってました。自分はなるわけない、自分は特別だなんて根拠のないことを常日頃から思ってるタイプでしたが、なりました。しかも10万人に1人の”精巣ガン”に。
 手術が終わって落ち着いてころに、まず家族への感謝とたまきんへの感謝の気持ち(真面目に)、あと表現が難しいのですが”ちゃんと生きよう”と思いました。ちゃんととは、”感謝をする””誠実に謙虚に行動する”ということです。当たり前のことを当たり前にしようと、原点回帰ではないのですがこのような気持ちになりました。

 これから5年程度は数か月に1度の検診に通い再発していないかの検査を続けます。完治まではまだまだ長い道のりですが、しっかり向き合ってちゃんと生きていきたいと思います。